従業員の健康は、企業にとって重要な要素の1つです。近年では、睡眠障害は従業員の健康に悪影響を与え、生産性の低下や安全上の問題を引き起こすことがあり、パフォーマンスの低下だけでなく、一時的な記憶障害や判断力の低下なども併発する可能性があります。また、従業員が睡眠障害になると不眠のストレスからイライラや焦燥感など、感情コントロールができなくなりコミュニケーションがうまくいかず、やがて孤立し会社のチームワークにも大きな影響を及ぼします。本記事では、従業員の睡眠障害について、原因、症状、そして解決策について探っていきます。また、企業が従業員の睡眠障害を軽減するためにできること、従業員が睡眠障害になった際の相談先も紹介します。
睡眠障害の原因
日本人は世界でも睡眠時間がとても短いことで有名です。上の図は、就労者の男女別の睡眠時間を国際比較した結果です。また、経済協力開発機構(OECD)の調査「Gender Data Portal 2021」では日本人の平均睡眠時間は7時間22分/加盟30カ国の中で最下位※、さらに、厚生労働省が2022年1月に公表したデータによれば、睡眠時間が7時間以下の人の合計が67.7%となっており、日本人は全体的に睡眠不足であると言えます。(N=1,344人、未回答0.8%を除く)(※株式会社サニーサイドアップグループのリリースより)
しかし、睡眠障害の原因はさまざまです。ストレスや不安、うつ病などの精神的な問題や健康問題、食生活の乱れ、不規則な生活習慣、過剰なカフェイン摂取など個人的な理由が原因である場合もあります。また、会社の人間関係や仕事による身体的/精神的疲弊、ストレスや過度の労働量は、睡眠障害を引き起こす可能性があります。
(図版引用:厚生労働省e-ヘルスネット)
睡眠障害の症状
睡眠障害には多くの種類がありますが、代表的な症状に関しては、「不眠(寝つきが悪い、寝ている途中で目覚めて再び入眠できない、朝早く起きてしまう、熟睡できない)、過眠(日中眠気が強い、居眠りをしてしまう)、寝る前に足がムズムズする、動かさずにはいられなくなる、適切な時刻に就寝・起床できない、睡眠中、大きないびきや呼吸が止まることがある、睡眠中に大きな寝言や叫ぶ、寝ぼけて行動することがある、睡眠中に足のピクつきがみられる」(※)などがあります。これらの症状が長期間続く場合は、かかりつけの医者や専門家に相談することが重要です。
※(引用:公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット 睡眠障害)
企業が従業員の睡眠障害を軽減する方法
では具体的に企業はどのように従業員と向き合えばよいのでしょか。従業員の睡眠障害を軽減するために、日ごろからもできるいくつかの実践方法を具体的に説明します。
1.ストレスの軽減
まずは、絶対条件となるストレスの軽減です。ストレスは睡眠障害の主要な原因の1つであるため、ストレスを軽減することが重要です。ストレスを軽減するためには、適切な休暇制度の導入、ストレス管理やストレスを減らすためのプログラムの提供などが含まれます。
休暇制度
終日とることができる終日休暇、午前/午後だけの半休、1時間単位で取得できる時間給などが考えられます。休みがなければ、人はパフォーマンスを最大限引き出せません。休みがとりやすい環境を作ることもとても大事です。
ストレス軽減プログラム
従業員が職場におけるストレッサー(ストレスの引き金になるもの)が何になるのかを考えます。米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が作成した「NIOSH職業性ストレスモデル※」を活用するとよいかもしれません。これは仕事上の要因(仕事量や質、人間関係、裁量度、温度や騒音等)をうけて急性ストレス反応(心理面、生理面、行動面への変化)がおき、やがてストレスに関連した病気や作業能率低下などの問題が生じる、という一連の流れを示します。その流れに影響を及ぼすものとして、仕事以外の要因や年齢・性別・性格といった個人要因、上司・同僚・家族からの支援などの緩衝要因が挙げられます。(引用:厚生労働省 こころの耳)※具体的な選定基準は、実施者の意見および衛生委員会等での調査審議を経て、事業者が決定します。
ストレスマネジメント
ストレス軽減プログラムにもかかわりますが、ストレスをコントロールすることをストレスマネジメントと呼び、従業員自ら行うものを「セルフケア」、上司により行われるものを「ラインケア」、社内の専門家などを通じて行うもの、例えば、産業医、カウンセラー、中小企業の場合は人事が兼任する場合もあります。そして、社外の専門家(都道府県産業保健推進センターや地域産業保健センター、労災病院、中央労働災害防止協会、EAP(従業員支援プログラム))などを通して行うものもあります。
ストレスマネジメントにおいては、ストレスの基に対処しようとする方法として、問題焦点コーピングと情動焦点コーピングに分けられます。問題焦点コーピングは、原因となるものを判別し、ストレッサー自体をなくし解決を図る手法です。例えば、上司が関係している場合、部署異動をする、上司を変えるなどです。情動焦点コーピングは、ストレッサーに対する見方をかえる手法です。例えば、ストレッサーになる人がいた場合、その人はミスをして怒っていたからきつくたったんだ、など自身の受け取る感情をコントロールするものです。変化させることができる場合は、問題焦点コーピングを利用し、難しい場合は、情動焦点コーピングを利用するとよいでしょう。(引用参考:厚生労働省 ストレスコーピング)
2.健康的なライフスタイル
企業は、従業員が日ごろから健康的な生活習慣を維持できるように支援することもできます。具体的には、運動プログラムの提供、健康的な食事の選択肢の提供、禁煙プログラムの導入などが挙げられます。例えば、ラジオ体操などを取り入れることや、栄養管理士など採用し社食を充実させる、喫煙所を撤廃するなどです。またこれらを会社としての取り組みとして企画を練ったうえで行うことで、主体的に行ったと思える満足感や、充実感、達成感なども得られるかもしれません。部署ごとやチーム体制で取り組み社内の表彰を行うこともサポートの一環となる可能性があります。
3.睡眠環境の改善
従業員が快適な睡眠環境を持つことは、睡眠の質を向上させる上で重要です。最近では、【シエスタ制度】や【パワーナップ制度】と呼ばれる、睡眠を推奨した取り組みを行っている企業が増えています。企業は、従業員の快適な睡眠環境を促進するためにできることがあります。
4.労働環境/労働条件の見直し
フレックスなどの働き方を導入することで、自身が最大限パフォーマンスを発揮できる時間帯に働くことができ、柔軟なスケジュールになったことで、従業員は睡眠時間を確保しやすくなります。また、リモートワークも通勤時間が削減され、睡眠時間の確保にもつながりやすくなります。さらに、労働条件の見直しも効果的です。睡眠障害を持つ社員がいる場合、雇用形態を変え契約社員や派遣社員など本人の意思も尊重しつつ、労働条件を変えることを提案することもできます。
5.スリープテックサービスの導入を検討
睡眠障害を改善するためのサービスを導入する方法があります。近年は、スリープテックサービスなども増えてきており、睡眠コンサルや一人ひとり異なる睡眠を可視化しレポートするサービスなど、多岐にわたります。日ごろから睡眠への意識をしてもらうため、セミナーなどを通して正しい知識をつけて睡眠リテラシーの醸成とともに行うと効果的です。
6.産業医等の睡眠サポート窓口の設置
保健師、産業医など専門家との窓口を設置をする方法です。日ごろの睡眠の悩みや職場や仕事の悩みなどを気軽に聞ける窓口を設置することで、事前に睡眠障害を防ぐ可能性が高まります。
7.病院の受診勧奨
睡眠障害がみられる場合は、なるべく早く医療機関に行くよう勧奨することを伝えます。また、睡眠障害に陥る前に、症状に気づくことが大切です。本人の自覚のないまま進行することもあるため、症状を感じたら病院で受診するよう伝えましょう。
もし従業員が睡眠障害になったら~相談先まとめ~
万が一従業員が睡眠障害になった場合は、まずはかかりつけ医に相談することをすすめましょう。うつ病や最悪死に至るケースも可能性としてはあるので、睡眠障害は早めの対処が必要です。休職や退職などになってしまわないよう気を遣いながら対応しましょう。
まず、かかりつけ医に相談
睡眠障害が長く続いている場合、まずはかかりつけの病院に相談しましょう。そのため、症状が不眠のみの場合は、まずは一般の内科で相談することを伝えてみてください。 一方で、不眠に加え、気分の落ち込みや、精神的ストレスや身体的に症状が出ているときは以下に記載する心療内科と精神科で相談ができます。症状などによりますが、内科から精神科や心療内科など適切な病院を紹介してくれるケースもありますので、判断に迷ったら医師に意見を聞いてみるとよいでしょう。
心療内科
心療内科では、内科とは別で、心が原因で身体に影響が出ている場合に受診する病院です。主にストレスや精神的な不調により引き起こされる身体の不調が起きた時に受診する専門の診療所です。例えば、ストレスからの不眠により、息苦しさ、動機、めまい、下痢や頭痛などがある場合が主です。心理的なきっかけで身体的に不調がみられる従業員の場合は、心療内科も検討の視野に入れるとよいでしょう。
精神科
精神科では、心が原因で精神や心に影響が出ている場合に受診する病院です。主に精神疾患を扱う診療項目のため、心からくる漠然とした、不安、緊張、抑うつ、妄想、幻聴などです。こころが主体となるため、「上司や仲間に嫌われている」「同僚に会社を辞めてほしいと思われている」など思い込みも含まれます。
精神科と心療内科どちらがよいのか判断がつかない場合は、かかりつけの内科に相談してみるのもよいですが、併設している病院もあります。どちらも扱うのは根本となる心のため、不眠症や睡眠障害から併発して「動悸がする、不安が募り抑うつ感がある」などの身体的/心理的不調を感じた場合は、両方診療可能な病院を探してみるのもおすすめです。
日本睡眠学会の認定医
実は、一般社団法人日本睡眠学会による睡眠障害に関する一定の知識と経験を持つ医師や歯科医師を、認定医および認定歯科医として認定している日本睡眠学会専門医の病院があります。
学会認定医療機関は、認定医や認定歯科医が常勤しており、精密な睡眠ポリグラフ検査などの検査が行える医療機関のことを指します。日本睡眠学会によると、2022年7月1日で112機関以上の医療機関が認定されており、その中には「機関A」と「機関B」の2通りあります。
「機関A」は、睡眠障害全般を総合的に診療する専門医療機関で、全ての「眠りの病気」を診療対象にしている病院やクリニックのことです。「機関B」は、睡眠時の呼吸障害のみを取り扱う医療機関のことを指します。例えば、いびきなどの場合は、機関Bでも診療が可能です。しかし、先述した過眠症や睡眠・覚醒リズム障害など、複数の睡眠障害の場合には、機関Aを受診することをおすすめします。
学会認定医療機関は、高度な設備や専門的な知識を持つ医師が在籍しているため、より正確な診断と適切な治療を受けることにつながります。また、睡眠障害の症状や治療方法について、専門医から詳しく説明を受けることができるので、睡眠障害の疑いがある場合は、学会認定医療機関を受診することをおすすめします。
また睡眠時無呼吸症候群など、口腔内と関係する睡眠の治療においては、歯医者も関わってきます。日本睡眠学会歯科専門医による、睡眠歯科医療もありますので、睡眠障害でどこに行けばよいかと悩んだ際は、是非下記を活用してみてください。
睡眠医療認定一覧はこちら
日本睡眠学会専門医はこちら
日本睡眠学会歯科専門医はこちら(日本睡眠歯科学会のHPはこちら)
まとめ
従業員の睡眠障害は、企業にとって重要な問題です。睡眠障害が生産性の低下や安全上の問題を引き起こすため、企業は睡眠障害を軽減するための取り組みを行うことが求められています。また従業員自身も、睡眠障害を改善するために適切なアプローチを取ることが重要です。睡眠障害は一朝一夕に改善するものではありませんが、適切な対処方法を見つけることで改善できる場合があります。どちらか一方だけではなく、企業と従業員が協力して、睡眠障害を改善するための取り組みを行うことが重要です。